2002年 1月 壬午 楽しくて幸せな1年になるといいネ・・・。

 1日 元日。久しぶりに妹家族等と大勢で集まる。いつものように土佐鶴ベースのお屠蘇とタイユバンのシャンパンで乾杯。いつも木川裕先生からいただくワインを飲む。今年はシャトー・ヌフ・デュ・パプ’80だった。21年ほど経っているけど,まだまだ若さが十分にある美味しさだった。木川先生ありがとう・・・。     



 2日 初夢には沢山の知り合いが出てきた・・・。帰宅を1日遅らせて,買いこんだ推理小説と占い本を読みまくる。知らない間に雨が降っていたらしい・・・。                 


 3日 朝6時半,柏の寓居を出て7時10分くらいに帰宅。年賀状を再び書き始める。        


 4日 “おじさんたちの原宿”新橋のキムラヤへ出かける。午後,ツムアインホルンへ出かけてお年賀のご挨拶。ついでにドイツビールを数本飲んできた・・・。いつのまにかツムアインホルンのホームページからボクのHPへリンクしてくれていた・・・。      


 5日 小寒美々卯で初うどんを食べる前に赤坂の書店に出かけて,今年の高島易断系の運勢暦,デイビッド=バーリンスキの“史上最大の発明 アルゴリズム”,小室直樹の“数学嫌いな人のための数学”を購入。昨年の高島易断系2大運勢暦は大騒動を起こしただけに今年はどうなんでしょうネ・・・。産能短大時代の教え子からの賀状に“COBOLも永くやっていると重宝されるようになってきました。・・・COBOLを知っている人が少なくなってきているので。”とあった・・・。10数年COBOL教育からは遠ざかっているけど,C言語に負けることなく王者・COBOLもなかなか消え去ることはないのかもね・・・。


 6日 その昔,大学2年の時Enrico Bombieri教授がフィールズ賞を受賞した直後のUBCでのパーティでBombieri教授にある質問をしたことがあった。そのときに説明しながら書いていただいたノートが思わぬところから見つかった。数論的関数のことだったので,再びEulerの導来対数関数に思いをはせた・・・。        


 7日 新年初の熊谷出校。午後,上智大学中央図書館の9階会議室で応用数学Uの試験。監督補助は大平麗子氏にお願いした。終了後,赤坂美々卯にて高崎商科大学竹本宜弘教授,東北文化学園大学河本進助手,ディーエム情報システム秋山守男課長,大平氏,等7名でうどんすきの新年会。その後,麻布十番の山忠へ全員で出かけて志茂田景樹先生と続・新年会。この時期の食事会・飲み会はすべからく新年会になってしまうのヨ・・・。深夜に雨。        


 8日 先日の可換代数研究集会で,数学自主ゼミで輪読している“はじめての数論”に関して小澤伸二氏が訳者である信州大学・鈴木治郎助教授に質問していた件で,鈴木助教授より回答あり。“・・・山下さんのところの小沢くんから「うまく行かない」と指摘をもらった件は,Silvermanさんの原著の誤りであることを確認しました.・・・”。昨年立正を卒業して,一昨年21世紀の石原裕次郎に選ばれた徳重聡CMデビューが決まったそうだ。しばらく何も噂を聞かなかったけど,これから本格的に活動を始めるのかな・・・。産能短大時代の教え子・宮越栄美氏からまた本を上梓したとのハガキ。ご主人と共著でもう20冊近く出したのでは・・・?風の強い一日だった。羽田空港では欠航便が続出したらしい。夕食は宮田大輔助手と熊谷市内の琴音で摂る。ユニデンス泊。


 9日 今年は平素年賀状を出している人へはあまり差し上げていなかったせいか,何人かの人から電話がかかってくる。“いつも届いている年賀状が今年はきてなかったので,どうしたのかなぁ・・・って思って・・・”と。メンゴ。午後,学科会議。3時半過ぎに会議を抜け帰京。自宅での設備点検立会い。その後,夜の食事をST氏と共にする。ホテルオークラハイランダーで待合わせして本館の山茶花で食事。小澤伸二氏からHPが立ち上がったと連絡。


10日 今日は1月10日だから110番の日。昭和61年から施行されたそうだ。110番そのものが設置されたのは昭和23年10月1日だったそうだから,このときに101番としておけば,記念日も設置された日も同じになってよかったんじゃない・・・。1月10日を西欧風(10th Jan.; le 10 Jan.)に数字で書けば10/1だから10月1日を記念日にしても・・・という気はする・・・。明日が卒業論文の締切なのでゼミ生も昨夜から追い込み作業のようだった・・・。夜遅くには全員仕上がったようだったので一安心。夕食は今日も熊谷市内の琴音で福岡義隆研・金居央氏,X研・MY氏と一緒に摂る。経済産業省電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ(スパムメールSPAMメール])問題への対応として“特定商取引に関する法律施行規則の一部を改正する省令”を公布した。施行は来月からだそうだ。ユニデンス泊。


11日 卒論提出最終日。CPU室なども少し混んでいる雰囲気だった。ゼミ生の卒論をもう一度チェック。ツムアインホルンに立寄ってビールを3杯飲んで,帰宅。ゆっくりと寝よう・・・。


12日 夕方,IBMシステムズエンジニアリングの天納之士氏とうどんすき。お正月には色んなところへ出かけたらしく,ドイツの森・クローネンベルクカブトガニ博物館などの話を聞いた。カブトガニは天然記念物なので,こんなことを考えるのは顰蹙ものかもしれないけれど,食べることはできるんだろうか・・・もし食べることができたら味はどうなんだろうか・・・?という話題になった。“天納(てんのう)”という名前の由来なども初めて聞いた・・・。最近テレビ・・・特に民放系の番組などが面白くない一つの原因は内容そのものが“of the 芸能人,by the 芸能人,for the芸能人 ”にしかみえないこと・・・って話したら天納氏もそのようだった・・・。        


13日 久しぶりに散歩を始めた。朝帰りのカップルに結構出会ったのであった・・・。本棚の隅っこに埋もれていた8年前に出版された石井威望著“フラクタル発想のすすめ”を再読。やはり今読みなおししても・・・いまいち。              


14日 成人の日。成人式は遠〜い昔。男性の二十歳は“弱冠”とか差別用語の源ともなった“丁年”といった言い方があるけど,女性の二十歳については見当たらないネ。やはり,大昔から女性は男性よりももっと早く大人らしくなるせいかも・・・。              


15日 喉の調子がいまいち。久し振りにネクタイをして出かけた・・・。午後,須藤英雄教授,門村浩教授の最終講義。両先生とも熱弁よろしく予定時間を1時間もオーバーしてしまったけど,沢山の学生が来場してくれていた。友引だったせいもあるのかも・・・。夜,宮田大輔助手と小澤伸二氏と魚民で食事。ユニデンス泊。              


16日 早朝ユニデンスから研究室へ向かう途中コンビニに寄った。そこでペットボトル仕様の杜仲茶を初めて見かけたので早速購入した。どこのものか見てみると日立造船だった・・・。企業イメージと違うので意外・・・だった・・・。昼,携帯に上海在の乾亘氏より電話が入る。久し振りだったので長電話・・・。復旦大学に今日まで長期滞在されていた聖学院大学石部公男教授のことも・・・。夜,琴音で食事。ユニデンス泊。


17日 深夜一度は上がっていた雨が早朝再び降り始める。7年前の5時46分,ボクも阪神淡路大震災では親類を亡くした・・・。午後,地理学科・井出策夫教授の最終講義。ボクは出席できなかったけど超満員だったそうだ。夕方,渡邊真利代助教授と打合せ。夜,文学部・友永昌治助教授と久しぶりに滑川町の“ふく”で食事。ユニデンス泊。


18日 帰京後,八重洲・新橋で書店とディスカウントショップで3時間ほどリサーチ。しかし,ナンも買わなかった・・・。帰宅前にツムアインホルンへ寄る。久し振りのような気がした・・・。そういえば美々卯にも今週は出かけてないな。                              


19日 先日会った友人に“平素自分の周囲にいる人の姓名や血液型を列挙してみると結構傾向があって面白いヨ・・・”と話したら,早速“自分の友人は圧倒的にB型が多くて,1字の名を持つ人が多かった”と返事が返ってきた。ボクはかなり以前に調べ,いまだに傾向は変わっていないようだけど,周期性はあるような気がする。。みなさんはどうなんだろうネ。        


20日 設備の定期点検というものは結構頻繁にある。結構なことだけど,他人に勝手に入室されるのもイヤだし,かといってスケジュール調整も煩わしいし・・・。夜11時過ぎ小雪(?)まじりの雨が降り始める・・・。


21日 朝,いつもの個人タクシーに乗るとある話を聞かせてくれた。先日個人タクシーが起こした物損事故を自動車整備会社と診療所が人身事故と偽装して保険会社から保険金を10億ほどだまし取っていた事件があったんだけど,個人タクシーの業界では以前から有名で,仲間内ではいずれ・・・という噂だったらしい。だったら何故もっと早く・・・って気はした。午後1時より,学部CPU室委員会。委員会が終わる頃外は注意報が出るほどの雨。夕方,1年生の某学生が来室。自分の将来の進路を深刻に悩んでいた。こうして悩んでいる学生は結構多いのかもしれない。“ビューティフル・マインドA beautiful mind)”がゴールデングローブ賞の(Golden Globe Awards)作品賞(ドラマ部門)を受賞した。ストーリーは実在の天才数学者・ジョン=フォーブス=ナッシュ=ジュニア(John Forbes Nash Jr.)[1928-]が精神分裂症を克服して1994年のノーベル・経済学賞(ゲームの理論)を受賞してゆく・・・というものらしい。数学の世界では4年に1度数学の世界でのノーベル賞といわれるフィールズ賞−しかも40才までで,4年に1回−があるんだけど,若くして1958年と1962年の2度連続してフィールズ賞候補者に挙がりながら結局受賞することなく,30数年後ノーベル賞を受賞したというところがナンともいえない。ナッシュ教授の業績は主に解析方面(偏微分方程式,流体力学)やゲーム理論だから数学以外の世界でも十分に活躍できる天才素地はあったのだから当然といえば当然だ・・・。ナッシュ教授の伝記をネット上で探索しながら知るにつけ凄い人物だな・・と思った。日本ではきっと学界から抹殺されたであろう数学者だ・・・。日本の学界よ,もっとしっかりせい・・・!と一応言ってみようかな・・・。夜,数人の先生と熊谷市内の“福や”でやきとり+やきとん。ユニデンス泊。     


22日 今日はカレーの日。早朝,ユニデンスから研究棟へ向かう途中の照明灯・・・一部間引いて点けている。全部余すことなく点けてくれりゃあいいのに・・・。少々暗いヨ。もしかして壊れてるのかな・・・。壊れているとすると放置期間が長いなぁ・・・。ある原稿を書くために東北文化学園大学青木智子助教授と何度かやりとりをして情報を得る。夜,熊谷市内の琴音で宮田大輔助手と食事。ユニデンスの部屋へ戻る途中,福岡義隆研・金居央氏,X研・MY氏と少し立ち話。ユニデンス泊。


23日 朝5時過ぎ,やっと遅れていた原稿の一つを仕上げる。岸本葉子先生の入院情報を聞きつけたので図書館・新聞閲覧室やインターネットで調べまくる・・・。心配。一昨日ペギー=リーが亡くなったというのでJazz関係のサイトを見ていたら,昨日は“Jazzの日”でもあったらしい。ただ今年で2年目なのだそうだ。なぜ,1月22日になったのか・・・。なんでもJAZZの“JA”をJanuaryの1月,“ZZ”は数字の“22”に擬えて1月22日をJAZZの日としたんだそうだ。午後,教授会。帰京後,6時半よりパソコン技術協会で情報委員会。引続いて専門講座委員会。終了後,委員の富士通・大谷重光課長,IBMシステムズエンジニアリングの天納之士氏と祢保希 へ。大谷課長は以前ここで購入した“ごっくん馬路村”をまた飲んでみたいと話してた。馬路村のゆずを気に入ってくれたようだ・・・。すでに夜遅かったことと,委員会でお弁当が出ていたので,お酒と酒盗+ちくわを食して帰宅。


24日 午前10時大崎校舎へ。岸本葉子先生の入院情報は21日付日経新聞夕刊に出ていたということだったので今年度最終のEPCP委員会へ出かける前に,図書館で確認。文学部・友永昌治助教授とともに2時頃委員会終了。最近ツムアインホルンのHPの調子がおかしくなっていたので,帰宅前にツムアインホルンに寄ってHPのチューニング。ところで昨日,鳥羽良明先生が見えられていたそうだ。鳥羽先生が昨日置いていったという昨年8月から岩手日報に連載されている“心の原風景”(今年3月まで)をコピーしてもらい読ませてもらった。先生の人柄がにじみでている語り口だった。先生についていくつか新しいことを知った。京都大学へは法科で入られたということ。その後,ご病気で休学されていたこと。天文学をめざそうとしたけれど,理論が数学+観測が徹夜なので身体に無理がかかるということから,地球物理→海洋学と進まれたこと。そして鳥羽先生がいまでも宝物にしているという旧制姫路高校の先輩からの手紙と恩師である海洋物理学の速水頌一郎先生からの手紙が紹介されていた。勉強になった。厚生労働省の大規模疫学調査によると,“男性は,標準体重よりも少し太めの方が長生きできる傾向がある”らしい・・・。肥満の指標「BMI(Body Mass Index)=(体重:Kg)/(身長:m)2」の数値だと,23−26.9の値らしい。喜ぶべきかどうか・・・悩ましいところではあります・・・。夜,赤坂・美々卯ディーエム情報システム秋山守男課長,日比谷花壇保科美和氏とうさぎ御膳を食べる。話題が面白すぎて久し振りに超超チョーチョー笑いすぎ・・・。                                                    


25日 ピエール=ブルデュ氏が亡くなった。我々の研究グループで情報文化意識を調査する際,ある意味で文化資本/文化再生産等をお手本にしていただけに少々残念。一昨年の日本での講演会に参加できなかったのが悔やまれる・・・。夕方,5時から7時過ぎまで3年ゼミ生三浦一城氏,小澤伸二氏,新ゼミ予定者JK氏,MT氏,SK氏,RO氏と熊谷市内の魚民で新年会。ユニデンス泊。     


26日 帰京して,大崎校舎へ。石橋湛山記念講堂では心理学部開設記念シンポジウムが開かれていた。パネリストの1人である宮城まり子先生にはここ数年お会いしていないけど,お元気かな・・・。でも4月になれば会えるか・・・。3時半より,第4回情報処理教育・研究委員会。終了後,文学部・友永昌治助教授と五反田・多幸安へ。夜遅くまで,閉店をかなり過ぎても話し込んだ・・・。まじりの雨。


27日 昨日の天気がウソのように,すっかり晴れ上がった。東北文化学園大学青木智子助教授より“ピエール=ブルデュの件は新聞で見ました・・・。大物なのにあんな小さな扱いでちと悲しいかんじ・・・。”・・・そうきゃも・・・。夜,TS氏とホテルオークラハイランダーで待合わせして,4年ぶりに五反田にある“Ne Quitezze Pasヌキテパ)”へ。久し振りのフランス料理。ブルゴーニュものを2本(1992,1996)空けた。         


28日 朝,非常勤の件で武蔵野短大・木川裕専任講師に連絡。木川講師は最近捻挫したらしい。ある先生の事情により,急遽,久し振りに今日の試験委員を担当することになった。さして問題なく終わった。パソコン利用技術認定試験の合格者名簿を掲示したので合格証を受け取りに来室する学生が結構多かった。合格するとやっぱり嬉しいもんだ・・・ネ。夜8時過ぎ,熊谷駅近辺の“鳥きち”で宮田大輔助手,小澤伸二氏と食事。小澤氏に中央大学理工学部辻井重男教授からのアドバイスを伝える。ユニデンス泊。


29日 早朝,事情があってユニデンスと研究室を幾度か往復した。途中,大学近辺にあるコンビニ周辺を観察しながら歩いているとコンビニに車で乗り入れコンビニのゴミ箱に沢山ゴミ袋を廃棄してそのまま立ち去っていく人がいた。気持ちはわかる・・・。確かにゴミ出しルールを守っていたら生活のリズムが狂うしネ・・・。それにしても,朝4時頃の満月はきれいだった。午前,小澤伸二氏と“イデアル論入門”を使用して代数系のゼミ。その後,入試動向関係資料をいくつか作成。夕方から8時頃まで,熊谷市内で宮田大輔助手,小澤伸二氏と宮田助手のところに質問に来ていた石川真弓氏と食事。ユニデンス泊。


30日 冬の夜道も毎日晴天満月であれば結構明るいのだけど,そうもいかない。学内キャンパスの夜間照明灯も夜光を計測しながら自動点灯にすれば,間引き点灯しなくても済むかもしれないのに・・・。間引き点灯している照明灯を固定化しているのであれば,最初から設置する必要はなかったということではないのかな・・・。昼,CPU室管理人・山口智子氏と研究室・大平麗子氏と大学近くの蕎麦屋に気分転換もかねて出かける。まあまあの鴨せいろだった・・・。午後,修士論文発表会。午後3時より,学科S会議。国立社会保障・人口問題研究所が日本の将来推計人口を発表した。その資料をダウンロードして読んでみた。人口は2006年がピーク,2025年には18歳人口が今の6割近くにまで減少すると予測している。夜,宮田大輔助手と昨日同様琴音で食事。ユニデンス泊。                                         


31日 夜,学部事務室の方々の新年会に何人かの先生方と一緒に参加。熊谷市内の如庵(joan)だった。このお店は昨年の8月18日に開店したそうだ。トラットリアのマスターと老舗料理店のご子息が始めた和食のお店で店内にはJazzが流れていた。チョットお薦めかも・・・。その後,みんなで駅前近くでカラオケしてお開き。1人ノルマ2曲以上・・・?ユニデンス泊。